糞の山の上ホテル

人生に絶望したコミュ障クズが、糞の山を築き上げるブログ

何になれたか、ではなく、何になれるのか

何気なく私が卒業した研究科のページを見ていたら見慣れた名前が載っていた。 どうやら大学院時代の同期が博士論文を提出しDefenceを終えたらしい。 3年やって論文を出すことができない人たちが多い中、2年半でしっかりと論文を書き上げたようだ。

彼の名前で検索してみると、個人ホームページが見つかった。研究活動の欄には輝かしいセミナー発表の履歴が載っていた。 方や私はSIerで日本中で数十人程度しか使わないようなマイナーなソフトの機能を開発している。その上まともに仕事も進まず残業漬けの毎日という体たらくだ。

純粋数学の研究だって、最先端は数百人、下手をすると数十人のマイナーな世界でしかないけど、なにが羨ましいって、その研究が自分のものになるってことだ。 僕が大学を卒業してから2年半がたった。ここから更に別分野の修士課程に入ることになれば、また一からやり直しだ。そう考えると頭が痛い。 彼のことを思い出して、自分が「何になれたか」という視点で考えてしまった。あのまま教授の言うとおり博士課程に進んでいれば・・・と。

どこかのブログで見たが、人間というのは「何になれたか」ということを考えるより「何になれるのか」を考えたほうが幸せになれるそうだ。 私も過去に拘泥せずに新しい一歩を踏み出すべきなんだろう・・・