糞の山の上ホテル

新卒で国内大手SIer子会社に入り人生に絶望したコミュ障クズが、海外留学で一発逆転を狙うブログ

会社辞めます

先週上司に、年内で会社をやめて海外の大学院に行くことを伝えてきた。2回ほど面談をしたのだが、結果的にすんなり受け入れられそうな感触を得られた。

まず最初に直属の上司とその上司3人で話し合ったが、とりあえず考えなおしてくれば、というテンプレ回答を頂いてそこは終わった。
こちらとしては1年前から真剣に考えて、時間と金を投資してきているのに、その決意をいまいち受け止めてもらえなかった。
あまり詳しくは書けないが、「思いだけで行く」とか「今が辛いから辞める」とかそういう誤解された表現もチラホラ見受けられて、残念だった。
「思いだけ」ではなくて、過去に数学の修士号をとった+修論が出版されてるという経歴を活かしてのキャリアチェンジだし、「今が辛い」のは確かなんだけど、それが理由だけで辞めるわけでもないし、イマイチこちらの意図が理解されなかった。

自分があまり説明がうまくないため、思っていることを正確に伝えられなかったのもあるが、やはり価値観の違いを再認識させられた。
今の仕事に全く興味がなくて、将来的なキャリアパスも魅力がないし、あなた達とも馬が合わないから辞めるんです、って話が勿論できればそれでいいんだがそんなことは言えるはずもなく。その制約があるなか話をするのはなかなか難しかった。

ところが、更にその上にいる部長クラスの上司も合わせて話し合ったときは、行ってみてきてもいいんじゃないか、というようなポジティブな話になった。なんだかなぁ。 今の会社はR&D部隊も抱えている会社なので、上の方のクラスの方々だとそういった視点でも話ができるからなんだろうが、トーンが違いすぎて拍子抜けした。

社会人博士の道も検討してほしいと言われているが、個人的には行くつもりはない。研究テーマがない、というのと、20代最後の年なので海外に行ってみてもいいじゃないか、というのが本音。結局最後に残るのはお金の問題だけだ。

今の会社の今の部署に入ってかなり後悔しているので(完全に私の問題で、同僚の方々に非はない)、大学院選びは慎重にやりたいところだが、社会人やりながらだと時間的な制約があり辛いものだ。何はともあれ残り少ない二十代は意義深いものにしたいところ。

アメリカの博士課程

先週まではドイツなど、ヨーロッパの大学院を考えていたものの、 色々あって、アメリカの博士課程にダメ元で出願してみようかという気がしてきた。

理由は下記の通り

  • GPAは糞だが、その分野の第一人者と言われる先生方との査読付き論文を一本持っているのはアピールポイント
  • 幸い元指導教官が、アカデミアに戻ることに理解を示してくれているので、推薦状が貰えそう(世界で屈指の研究者からの推薦状がもらえるのはかなり強い)
  • そうすると奨学金がもらえるかもしれないという希望+数学系などの人文系ならTA/RAで金を稼ぐという手はあるので採用側もそこまで選別が厳しくないのではないかという希望的観測。
  • なんだかんだ言ってアメリカのアカデミアは最強だし、幅が広いのでPDでの職探しの点ではかなり有望
  • ドイツの大学院は、ほんの一部(TUMとか)を除くと微妙な選択肢なんじゃなかという気が。前回述べたような利点はあるものの、アカデミックなキャリアという点で考えるとアメリカのほうが好ましい気がしてきた。
  • 私の肌感覚としては、ヨーロッパの大学院で学位を取りましたという教授はあまり聞いたことがない。アメリカに行っていた教授はたくさん知っているが。
  • ドイツの大学院に応募するにしても来年の3月頃が応募の締め切りになるところが多い。従って、アメリカ大学院に応募した後に保険のために受ければよい。
  • 今から準備してもギリギリGREは間に合うかもしれない(実際昔から試験勉強だけは得意なので)
  • IELTSのスコアがあと6.5と微妙に足りないが、今年3月に受けた時より英会話レッスンなどを積み重ねてきているので次で受ければ OA7.0以上を取る強い自信がある。

というわけで、ヨーロッパという安易な選択肢に惑わされずに、やはり準備が大変でもアメリカの大学院を志望してみようかと思う。ダメならダメでヨーロッパに行けばよいのである。世界トップレベルの大学はたくさんあるし、ヨーロッパで学位を取得する人間があまりいないという点の希少性に繋がる(もちろん、それを具体的にどのような付加価値にできるかは私次第である)。また、やはりヨーロッパという文化的に洗礼された環境での生活は魅力的だ。その一方でアメリカと比べ国外の人間、特にアジア人を受け入れられる度量がないというのも事実なのだろうが。結局どこに行ったところで言語的なハンディを持つ以上、苦労するのは仕方ない。しかし、自分にはその苦労というのがお金を払ってでも手に入れたい価値のあるものにしか思えないのである。

というわけで今週からGRE対策+IELTS最後の追い込みを始めようかと思う。

ヨーロッパ留学計画!?

会社をやめて留学する、という目標をたてみたものの、費用がネックでいまいち踏ん切りがつかずにいた。 なにせアメリカやオーストラリアの修士課程に入れば授業料だけで年200万以上という大金が必要になるからだ。 弱小SIerでSEをやっているゴミ人間には到底出し得ない金額だ。

そんなこんなで踏ん切りがつかずにいたところ、欧州留学の話を聞いた。欧州のいくつかの国では学費が無料だとかなんとかって。 かつてはスウェーデンも学費が無料だったそうで、高名なKTHなんかに留学できればそれは素晴らしいんだろうけど、今ではアメリカの大学と変わらないくらいになってしまっている。 そこで、ヨーロッパで最も先進的な国であるドイツに留学するというプランを考えてみた。

Pros:

  1. 学費が無料!
  2. 教育の質はそれなりに高い(と言われている)
  3. 英語試験の要求レベルが英米と比較して低い
  4. 多数のコースが英語で開講されている(特に理系)
  5. ヨーロッパの中心なのでEU圏内への旅行がしやすい
  6. 経済的に安定しているし、治安もそれなり
  7. 物価が安い!

1.驚くことにドイツの大学の運営費はドイツの納税者たちによって支えられており、ほとんどの州の国立大学では学費がほぼ無料だそうだ。
2.多くの人はそう言うが、実際のところはよくわからない。ちなみに、よくある大学ランキングで見るとドイツの大学は結構低い。
個人的に大学ランキングなんていうのはアカデミアを知らない無知な若い学生を呼び寄せて学費を集金するために作られたものだと思うし、 アメリカやシンガポールの大学の中にはランキングを高めるために研究を選り好みして行っているところもあるそうだ。全ての評価メトリクスはそれ自体がやがて目標と化すということだ。とはいえやはり気になるのが人の性。
3.は地味に嬉しい。CSではIELTS6.5程度があれば大体の大学院に応募できるようだった。私が見た中では一校だけ、7.0位上を要求するところがあった。 とはいっても英語力はどんな局面でも要求されるので、低い点数で入れることが仇となることも考えられる、
4.もうれしい。フランスまでヨーロッパ各国まで飛行機で一万円で行けてしまうそうだ。そんな事情もあり、遊び呆けるのを目的にドイツの大学院に来る人間も少なくないとか。
5.はかなり重要だと思う。実際、日本みたいな平和すぎる国に暮らしている人間がいきなり治安の悪い国に行って適用できるわけがない。
6.調べて驚いたが、月1000€もあれば悠々自適に生活できるとか。この歳になって学生寮に入るのは辛いので、そこは考える必要があるが、それにしても安い。
次に欠点を考えてみる。

Cons:

  1. 文化、言語の壁
  2. アメリカのトップ校と比べたときの教育の質の差
  3. 大学のネームバリュー
  4. 卒業後の給与など

1.は正直つらいと思う。大学や研究所では英語が通じるのだろうけど、日常生活ではドイツ語が欠かせないだろうし。もっと言うとヨーロッパではアジア人はマイノリティーだし、人種差別がどの程度あるのかもよくわからない。他人種に対しての寛容度がどの程度なのか予想もつかない。トロントやバンクーバといったアジア系移民で溢れかえった都市に行けば馴染みやすいのだろうけど。
2.は実際どの程度なのか気になる。やはりアメリカの大学は集金力も高いだけあって教育の質も段違いだろうし、ここは無視できないと思う。
3.例えば、ミュンヘン工科大学と聞いてピンとくる人はどの程度いるんだろうか?ドイツの紛れもないトップ校だが、ドイツ国外でこの大学が如何ほどのところかわかる人がどの程度いるのだろうかが気になる。 まあ大学名じゃなくて、何を学ぶかだ、と言われるとそのとおりなのだが。
4.アメリカの都市部での平均給与を聞くと驚いてしまう。可処分所得や物価の差を考えると実はそんなにでもないのかもしれないが、ドイツ企業の給与はそんなに良くないそうな。特にTech関連ではやはりアメリカはバブルの最中ということもあり、桁が一つ違うとか。そう考えると、卒業後、企業に就職したい人間にとってはやはりアメリカが一番魅力的なのだろう。

なんて色々考えてみたが、やっぱりドイツはかなり魅力的だ。学費がかからない上に、ヨーロッパというエキゾチックな環境で自分の好きな勉強ができるなんてとんでもなく美味しい話じゃないか。SIerの仕事にも興味がなくなってしまったし、しがみつくほど良い待遇なわけでもない。(日立くらいの大会社勤めだったら迷うところなのかもしれないが)。失敗したらまた戻ってくればいいだけだ。というわけで近いうちに、必要書類を集めて願書を提出してみようかと考えている。

何になれたか、ではなく、何になれるのか

何気なく私が卒業した研究科のページを見ていたら見慣れた名前が載っていた。 どうやら大学院時代の同期が博士論文を提出しDefenceを終えたらしい。 3年やって論文を出すことができない人たちが多い中、2年半でしっかりと論文を書き上げたようだ。

彼の名前で検索してみると、個人ホームページが見つかった。研究活動の欄には輝かしいセミナー発表の履歴が載っていた。 方や私はSIerで日本中で数十人程度しか使わないようなマイナーなソフトの機能を開発している。その上まともに仕事も進まず残業漬けの毎日という体たらくだ。

純粋数学の研究だって、最先端は数百人、下手をすると数十人のマイナーな世界でしかないけど、なにが羨ましいって、その研究が自分のものになるってことだ。 僕が大学を卒業してから2年半がたった。ここから更に別分野の修士課程に入ることになれば、また一からやり直しだ。そう考えると頭が痛い。 彼のことを思い出して、自分が「何になれたか」という視点で考えてしまった。あのまま教授の言うとおり博士課程に進んでいれば・・・と。

どこかのブログで見たが、人間というのは「何になれたか」ということを考えるより「何になれるのか」を考えたほうが幸せになれるそうだ。 私も過去に拘泥せずに新しい一歩を踏み出すべきなんだろう・・・

気になっている本

本をもっと読みたいが時間がない。仕事で残業してる+留学準備で忙しい。時間がない、というか、これ以上色々抱え過ぎるとインプットの量が大きくなり私の小さな脳では消化しきれなくなる。ただでさえ英語の勉強+CSの自己学習があるのに、これ以上手を広げると確実に爆発する。

というわけで現時点では手が出せないが、将来的に読みたい本を備忘録的に記録しておく。仕事をやめたらこの辺を片っ端らから読みたい。


  • gödel escher bach
    内容はよくわからないが面白そう。私はこういう、読んで他人より進んだ気分になれるタイプの本が好きだ。

  • Surely You’re Joking, Mr. Feynman!
    同上。有名な物理学者が書いたエッセイらしい。

  • Walden; Or, Life in the Woods
    私の英語の先生がオススメしていた本。古き良きアメリカのとある哲学者が、2年2ヶ月2日を森の小屋で過ごしたときの回想録だそうだ。都市部で慌ただしい生活をしている私にピッタリの本だ。

  • The Master Switch
    最近某フォーラムで紹介されていたので気になった。現代では、人々は当たり前のようにインターネットという自由で開かれた情報技術を謳歌しているが、この本の著者はそのような自由はもしかすると近い将来消えてなくなるかもしれない、ということを歴史を通して伝えているらしい。過去を振り返ってみると、人類はテレコムや衛星通信といった重要な情報通信技術を発明してきた。そういった技術は黎明期においては開かれたオープンな技術であるのだが、時が経るにつれ”主導権”を握った巨大企業によりクローズドで中央管理されたものになっていったそうな。現代ではインターネットは人類の共有財産のように扱われているが、最近のネット中立性のニュースなど、雲行きの怪しい話も多い。この本を読んでWebの未来について思いを馳せてみたい、というのが読みたい理由。

  • How to Win Friends & Influence People
    自己啓発本の元祖。自己啓発本の類は好きではないが、いつの時代も原典というのはある一定の価値を保ち続けていると思うし、この本から学べることは多くありそうだ。「Win Friends」という直球のタイトルも面白い。かの大物投資家であるウォーレンバフェットも若い頃にこの本を読み、著者が主催するセミナーに参加したそうだ。

  • HILLBILLY ELEGY
    最近のトランプ旋風により一躍注目を浴びた本。白人貧困層のリアルな実態を描いた本・・・らしい。私はトランプ元候補が大統領になったのをポピュリズムだの、民主主義の限界だのと上から目線でいう日本の”知識人”の方々が嫌いだ。アメリカにはアメリカの現実があるのだろうし、それはそこに住んでいる人間でないとわからない。この本を読んでアメリカの全てがわかるとは期待していないが、現代アメリカ社会の問題点が少しでも汲み取れそうな気がしてならない。

  • Effective Java
    Javaの名著で名高い本。ソフトウェアエンジニアなら読んでみてもよいかな、と勝手に思っている。

  • Functional Programming in Scala
    Scalaの技術本。Scala、KotlinやRustといった新しい言語を学ぶ意義というのはやはりあると思う。最近C言語を触ってみたがあまりにも使い勝手が悪く驚いてしまった。使い慣れれば良いのかもしれないが、やはりプログラミング言語の進化というのは馬鹿にできないなと感じた。言語なんてなんでもいい、なんて人はSIerには多いと思うが(私の上司がそうだ)、大間違いだと思っている。Scalaがベストとは思っていないが、先進的な言語の一角であるのは間違いないし、実際に産業でも採用されている点は無視できない。この本で使われている抽象化の考え方はScalaに限ったものではないのでその点も素晴らしい。

乾燥した部屋の中、喉に違和感を覚えながら、デブがゼルダの伝説に夢中になっているのを見ながら、人間関係の在り方について考えなおす

今週のお題ゴールデンウィーク2017」

tl;drな人向け

  • GW中の予定をほとんどキャンセルしてずっと扁桃腺炎で寝込んでいた。
  • 自分のコンテキストに合っていない人間と付き合い続けることは難しい。

  • 人間関係は大事だけど、たまには考えものだ。


あれもこれもあの怠惰なデブのせいだ。いや、違う。究極的な原因は、そのデブと人間関係を持ち続けている愚かな自分にある。

事の顛末は4/30(日)から始まる。その日友人T(デブ)と泊まりで遊ぶ約束をしていた。彼はその日仕事だったので22:00頃に駅で待ち合わせその後ご飯を食べ彼の家に行った。夜の3時頃までは僕もなんとか彼と付き合っていたのだが、流石に眠くなりドロップアウト。その後、相も変わらず片付かない部屋で大音量で延々とゼルダをやり続ける彼。そんな中なんとか仮眠を取ろうとする私。当たり前の話だが眠れるわけもなく、辛くてしょうがなかった。ウトウトしながらゼルダの渾身の掛け声やゲームオーバー時のシャラ〜ンという音が何回も聞こえてきてうっとおしかった。お前、死にすぎだろ。しかも部屋の空気が乾燥しているためか、喉に違和感をおぼえる。今思えばこの時ちゃんとケアしておけばよかったのだ。結局2,3時間だけ仮眠以下の休息しか取れず、そのまま起きる。

その後朝の8時頃になりようやくゲームを終え眠ろうとする彼を放置し部屋に帰る私。このまま付き合っていても一日無駄にするだけだとわかっているからだ。

その後部屋に戻り、朝食を取り、洗濯をし、仮眠をとるなどして一日が平和に終わったが、次の日起きてみると喉の痛みが尋常でない。その時私はすべてを悟った。あぁ、また同じ過ちを繰り返してしまったのかと・・・。その日は別の友人とあう約束をしていたのだが、キャンセル。そのまま軽い朝食を取り安静にしていたのだが、症状がひどくなる一方で、熱が38.9℃まで上がる。病院に行きインフルエンザの検査を念の為してもらう。不幸中の幸いか陰性だった。抗生物質や漢方を処方してもらい家に戻りとにかくおとなしく寝ていた。味噌スープとポタージュスープで命をつなぎなんとか熱が収まり、体力が回復してきたところで今回の件に関する怒りが湧いてきた。

彼を責める気は毛頭なくて、どちらかというと自分とコンテキストが全く違う人間といつまでもダラダラと付き合い続けている自分に腹がたっている。彼は一応会社員ではあるものの少し変わった時間帯で仕事をしている人間で、仕事の開始が10時から14時頃で仕事が終わるのが22時頃なのだそうだ。なのでか知らないが、彼はいつも夜ふかししていて3時、4時に寝るのが普通なのだそうだ。今回も僕がいるのもお構いなしに延々と朝までゲームをやっていたのはそういうわけだ。一方で自分はというと仕事の時間帯は彼とそんなに変わりはない。朝の9時に開始して夜21時には上がる。とはいえ自分は夜の1時には寝るし、なるべく健康的な生活を送ろうと努めているつもりだ。そんな考え方の違う二人が一緒にいてうまくいく訳がない。別に彼の在り方を批判するつもりは毛頭ないが、一方で、自分自身の生活習慣について譲る余地も全くない。そもそも一緒にいて有意義に時間を使えているわけじゃない。いつも彼の部屋に行って、ダラダラゲームして、眠くなって自分がリタイアしても彼だけ延々とゲームを続ける。そんなのつきあい方になんの意味があるというのか。いつまでたってもポールの反対側にたっている二人なのだからさっさと見切りをつけて離れるべきなのだ。そうすれば私はGW中の貴重な5日感を無駄にせずにすんだのだ。

会社員になってからというもの人間関係が増えた。人間関係の重要性がいかに重要かということに気付かされてきた。しかし今回は逆に、人間関係を見直すことの大切さを教えてもらった。彼とは、僕が大学院生の時からの知り合いだけれども、いい加減いろいろと考えなおす時期が来ているのかもしれない。

※本文中でデブがどうのこうのと書いていますが、特に批判の意図はないです。別にデブは嫌いではないですが、本当にデブなんでそう書いたまでです。

仕事したくねー

前々から仕事は嫌いだったが、最近は仕事中に、仕事をやめることばかり考えている。
もう限界なんだろうか。

エビデンスとか言って画面のスクリーンショットを貼り付けたりしてると、なぜ俺は数学の大学院なんかに行ったんだろうかと悲しくなってくる。こんなの誰でも出来んだろ・・・って。
そりゃあ私は仕事できませんよ。ミスもたくさんしますし・・・能力が高くないのは自覚してる。だからといってこんな仕事はしたくない。

なるべく早く退職したい。この会社で働いていることが自分のキャリア形成に繋がるとは到底思えない。

best-teacherが糞化している件

tl;drな人向け

  • best-teacherのライティングレッスンの添削にかかる時間が大幅に遅くなったよ
  • おかげでこなせるスピーキングレッスンの数が大幅に抑制されたよ。
  • いいからスピーキングさせてほしい。前の方針に戻してほしい。

ちょっと煽り風のタイトルで申し訳ないが、どうしても言いたい事なので許してほしい。 best-teacherというオンライン英会話サービスを知っているだろうか?

星の数程あるオンライン英会話サービスのなかで、筆者はbest-teacherを利用している。理由は、講師陣の国籍・経歴が多彩で興味深かったのと、IELTS対策コースがあったからである。

best-teacherの特徴として、講師とのレッスンで用いるスクリプトを受講者が自ら書くという点がある。受講者は数千あるトピックのなかから興味のあるものをピックアップし、ライティングを行う。ライティングは大体一回で100文字以内のパラグラフを記述する事になる。それを講師との間で5往復し完了となる。その後、講師がライティングの添削を行い、スピーキングのレッスンに移るという流れだ。ライティングの添削が終わってからでないとスピーキングレッスンは行えない。詳しい仕組みはbest-teacherのサイトを見てほしい。

他のサービスと比較するとまどろっこしく感じるが、コレにはちゃんとした理由がある。いきなりスピーキングのレッスンを行っても意味が無い。まずは自分の言いたい事を書いて整理しなければ話す事などできない、というのが彼らの主張らしいのだ。筆者もこの意見には大賛成だ。大体話してみようと思った事が無いトピックについて、日本語ですら話すのが難しいわけで、英語となれば何をか言わんや、である。

しかし、であるココ最近になって、best-teacherのライティング方針が変わったのだ。 http://www.best-teacher-inc.com/news/new_correction_concept
上記のプレスリリースにもある通り、「より自然な表現が学べるようにな」ったとかなんとか。筆者が当初この説明を見たとき、特に不思議にも思わなかったし、大きな変更であるとも思わなかった。ところが、この方針転換が実はとんでもない改悪だと気付くのに時間はかからなかった。

何が問題だろうか?それはライティングの添削のスピードである。以前であれば、1日以内(早いときは数時間)で完了していた添削が3日〜4日かかることになったのだ。なぜだろうか?以前であればライティングで間違えていた箇所に訂正が入るだけで修正内容の説明はなかった。今はそこになぜ変更が加わったのか説明が入るようになった。例えば、article(a, the)が抜けている、時制の一致うんたらかんたらといった説明である。とはいえ、正直いってその程度の違いでしかない。「より自然な英語」が学べる様な添削をしてくれた講師なんていなかった。修正の理由を書くだけでこんなにも時間がかかるようになってしまうものなのだろうか?と筆者からすると腑に落ちない部分が多い。まあ、恐らくレベルの低い受講者だと修正だらけとなり、結果として講師の負担が大きくなるのだろうと思う事にしよう。

じゃあ添削結果が出るまで3、4日待てばいいじゃないかと思うかもしれない。問題は、best-teacherではライティングレッスンは3つしか同時並行して進められず、しかも添削中のレッスンもその3つの中に含まれるという点にある。この制約のせいで3つのライティングレッスンを完了するのに最低でも4日程度かかる事になってしまう。最低でも4日というのはかなり楽観的な見積もりで、実際には添削前の講師との5往復のタイムラグも含めると5、6日はゆうにかかってしまう。5、6日で3ライティングレッスンなのだから、上手く行ったとしてひと月に15〜18レッスン消化できる事になる。正直いってこんな計算は捕らぬ狸の皮算用に過ぎない。この数をこなすには常にライティングレッスンを進行させていなければならない。以前であれば週末に6レッスン以上こなすことができたのがいまや不可能だ。平日も常々ライティングを進めていく必要が出てきており、忙しい社会人にとっては負担が大きい。

なぜライティングのレッスン数にこだわっているかというと、ライティングを終わらせないとスピーキングレッスンに進む事ができないからだ。つまり、「ライティングのレッスン数=スピーキングのレッスン数」ということになる。ライティングの数がこなせない現状ではスピーキングのレッスン数を制限される事になる。筆者のようにスピーキング目当てでサービスを受けている人間からすると致命的な改悪である。正直言って、この変更は、best-teacher側がレッスン数を制限する事で利益を増やしたいがためなのではないかとすら勘ぐってしまうくらい受講者に益がない。私が受講させてもらっているスピーキングの講師も苦情を言っていたし、他の多くの人間も同じ事を感じているはずだ。はっきりいって今回の変更は改悪としか言いようが無い。

いまならまだ間に合うのでさっさと前の状態に戻してほしい。ライティングの添削?そんなものはおまけだし、文法なんて本を読めば勉強できるだろうし、スピーキングの講師にでも聞けば良い。こっちはスピーキングがしたいんだ。そもそもライティングの添削は質が悪い。適当な修正しかしない講師もちらほらいるような状態だ。best-teacherはオンライン英会話サービスなんじゃないのか?

文句ばかり書いたが、best-teacherへの期待の裏返しだと思ってほしい。正直言って講師の質はまちまちだと思うが中には素晴らしい人も多い。MBAを持っている人もいたりと、はっきり言ってフィリピン人を適当にかき集めてやってる他のサービスとは一線を画していると思っている。だからこそもっとスピーキングをこなせる環境を整えてほしい。

以上宜しくお願い致します。


(追記) googleで"best-teacher"と検索すると、以下の様なサジェストが出てきた。前からなのか、それともやっぱりみんな同じ事を思っているのか。

f:id:bacon_epix:20170311033303p:plain


(さらに追記@2017/04/19) この記事をかいてからだいぶ日が経っているが、状況がかなり改善された。スクリプトを書けば少なくとも一日以内には添削結果が帰ってくるようになったのだ。
前の状態はなんだったのかと振り返ると、方針転換に伴う教師陣の混乱が原因だったのだろうか。何はともあれ、相変わらず質の良いレッスンを受け続けることができ非常に嬉しく思う。
Best-Teacherの事務局の方々に感謝します。

IELTS対策がしたい人はedXを活用してみよう2

以前紹介したIELTSxというIELTS対策用のオンラインコースがリニューアルされた。講師による解説ビデオが一掃されて、エクササイズが中心の構成になったようだ。

http://bacon-epix.hatenablog.com/entry/2016/09/13/060000

個人的には以前のスタイルも悪くなかったのではと思う。前回のコースもアーカイブ化されているそうなので、時間に余裕のある人はそちらもチェックしてみては。それにしてもこんな素晴らしい教材がただで手に入る時代…すごいですね。

成長と適応は違うんじゃないかって話

少し前に会社で査定というか、面談があった。

正直自分は今の仕事に欠片も意義を見いだしていないし、留学の準備ができるまで適当に居て、一応職歴にしようと思ってるくらいなわけで、モチベーションなんて存在しないのだ。だけれでも、上司の前では適当にやる気のある振りをして、来年の目標とかそういうくだらない話について語ってたわけですよ。
面談は2回あった。その内、一回目はボロクソに言われた。仕事についてもそうだが、「何言ってるか分かんないし、なんなんだお前」という、後一歩いけば人格否定までされそうな勢いのコメントを頂いた。ありがたや〜。まあでも、正直上司とコミュニケーションとるの嫌だと思ってるし、めんどくさいと思ってるのが伝わってるんだろうな。だからその評価は真っ当ものなんだ、きっと。

とはいえそんな事言われたら潮時なのかなとも思うわけで、「もう会社辞めようと思います」とはっきりと伝えようかと思っていたら、2回目の面談では急に態度が優しくなった。「うちの会社のパッケージとか分かってきて色々成長してるよ」という気持ち悪いコメントをもらって唖然としてしまって、会社辞めたいです、なんて言えなくなってしまった。まあ、単純に飴と鞭の作戦なのかもしれないが、はっきり言って気分が悪い。単純にコロコロと態度を変えるその軸の無さも気分が悪いが、ふと違和感を感じたのだ。100人にも満たないような小さな会社の糞ドマイナーなパッケージやなんちゃってフレームワークについて詳しくなったところでそれは成長と呼べるのだろうか?と。確かに仕事を進めていくうちに必然的に知識は溜まっていっているが、それを成長と呼ぶ事にもの凄く違和感を覚えたのだ。なぜだろうか?

会社特有の事について知識が身に付く事は成長ではなくて、単に「適応」と呼ばれるべきだ。なぜなら、その知識は会社の外を出た瞬間に価値が無くなるものだからだ。成長と言う言葉はもっと一般的な文脈で使われるべきだ。「筋肉が成長した」「経済が成長した」「植物が成長する」などなど。ちょっとした言葉の捉え方の違いかもしれないが、彼らと私の間に埋められない溝がはっきりと横たわっているのを見た瞬間だった。きっとこの人たちと理解し合う事は一生ないのだろう、と。このくだらない製品の内部設計や細かい仕様について詳しくなる事が成長と思っている人たちと。

仕事をしていれば、その職場固有の知識を身につけなければいけない事もあるだろう。仕事なんてどこもそんなものなんだろうが、僕はもうなにもかもが馬鹿馬鹿しくなってしまっているんだ。まったくもう。